親が自分の子どもを心配するのは当然だろう。
しかし、わが子どもを心配するあまり、「(あなたのことが)心配だから…」と言い、親が子どもの言動を束縛していないだろうか。
子育てに関する言葉のひとつに「過干渉」というものがある。
「干渉」とは、他人の事柄に立ち入って自分の意思に従わせようとすることである。
それに「過」がつくのだから、子どもの立場にしてみれば堪らない。
私は、「心配だから…」の反対は「信用していない」と考えている。
私がある親から子どもについての相談を受けた場合、『もし私が相談者の子どもだったら…』と想像し、私は子どもの立場になって助言することがある。
親も子どもの時期を経験してきているはずであり、一度は『親は私を解ってくれない』と考えたことはあるのではないか。
「親はこうあるべき」「子どもには失敗させたくない」という強い考えが、子どもを束縛する。
幼い頃から経験させることが大事である。
成功する体験と同じぐらい失敗する体験もさせる。
しかし、それは「失敗」と考えずに「経験の1つ」と考える。
子どもは子どもなりに試行錯誤を繰り返して、自分で考える力が身につく。
たくさんの経験をしたほうがいろんな考えをもつことができる。
そのような経験を生かすことによって、自己解決力が強くなる。
学校で理科の授業で行われる実験は、今でも人気がある授業内容のひとつだ。
なぜ実験が人気なのか。
それは、自分で実際に体験して覚えるからである。
実験が失敗したら、「なぜだろう?」と考える。
疑問をもつようになると、「次はこうしてみよう」「次はこれをやめてみよう」「強くしてみよう」「長くしてみよう」といったように、自分自身で考える習慣が身につく。
失敗は失敗ではなく、成功しない方法を1つ学んだと思えばよい。
経験を1つ増やしたと考えればよい。
失敗すると解っていても、見守る。
身体に重大な影響を及ぼさないことであれば静観する。
それこそが、大人としての余裕、器の大きさ、自信であると思う。
子どもは親をみて育つ。
親を見本にするか。
それとも、親を反面教師にするか。
「子は親の鏡」という言葉がある。
子どもがよろしくないと思える言動をしている場合、それは親の言動をみて無意識に似たのかもしれない。
「人の振り見て我が振り直せ」という言葉がある。
親自身の言動を、一度見直してみてはどうか。


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